トランスジャパンアルプスレース、通称「TJAR」は富山県の日本海0mをスタートし、北アルプス、中央アルプス、南アルプスを越えて静岡県太平洋の大浜海岸0mをゴールとする全長415kmの日本で最も過酷と呼ばれるレースです。今回、2022年に完踏を果たした、中島裕訓(なかじま ひろのり)さんにTJARについてのあれこれを聴くことができました。今回は後編です。TJARを目指している人はもちろん、ランナーやトレイルランナー、ハイカーなどジャンルを超えた幅広い人に読んでほしい内容になりましたので、前編、中編も合わせて、ぜひご覧ください。
トランスジャパンアルプスレースTJAR2022完踏『中島裕訓』さんインタビュー<前編>〜10年越しの夢を叶える。TJAR出場のきっかけ〜
トランスジャパンアルプスレースTJAR2022完踏『中島裕訓』さんインタビュー〜出場するために準備してきたこと〜
ーートランスジャパン本戦の時の振り返りを北アルプス、中央アルプス、 南アルプスに分けて印象的に残ってるエピソードをお聴きしたいと思います。まず魚津市のミラージュランドをスタートしてから北アルプスはいかがでしたか?
めちゃめちゃ緊張してて、ふわふわして地に足がつかない状態でした。スタート前までしばらくふわふわでしたけど早月尾根に入って、わりかし天気良かったんです。景色が見えるとやっぱりこれだよなーっていう感じで、レースなんですけど雄大な景色に癒されました。あとは、実は結構ロストしました。下見もできてなくて本当に恥ずかしながらですけど、剱から立山の道を歩くのも学生以来の20年ぶりぐらいだったので、17番の横井選手とたまたま一緒だったのですが、ロストしてしまい、GPSで怪しい動きをしてる2人になってたと思います。そんな思い出が印象的です。
ーー上高地(北アルプス)を下りてきて、中央アルプスまではいかがですか?
山梨在住で井出選手がいるのですが、1日違いのタイムで井出選手が1日早くゴールしています。8月の真夏で、進んでいく時間帯が真っ向反対で、僕が真夏の日差しを浴びながらロードを灼熱地獄で走ってる間、井出さんはだいたい半日前ぐらいで真夜中にいってるんです。井出さんの戦略はロードが暑いから全部夜中涼しい時間に進んでということでした。私は全くそういうことを考えずに行っちゃったんでロードは辛かったです。中央アルプスはとにかく天気が悪くて終始ガスってました。横風もずっと吹いてて、小休止を入れながらここは一発で抜けようっていう風に空木の山頂までは進んでいきました。ずっと何も見えなかったんで結構きつかったですね。ただ中央の稜線を超えて反対側の伊那谷に回り込んだ瞬間、パタッと風が止んで暖かくなったので楽になって、下りながら2回ぐらいごろ寝をしました。下れば下るほど暑くなるんで、結局下っていってまた暑い時間に駒ヶ根からのロードでした。
ーーそこからロードを経て市野瀬に入り、TJARで唯一のデポがおける休憩ポイントになりますが、ここでの過ごし方はどのようにされたのですか?
とにかく休むことが前提にありました。結構へばってたので、補給して寝て、起きて、また補給してすぐ出ました。フルーツ缶を買っていたんですけど、でかすぎて量が多くて食べるのがめちゃくちゃ大変でした。なんとか全部食べきりました。あと飲み物を結構多く用意して、飲み物だったら入るのでかなり飲みましたね。辛かったのはトイレが遠くて、グランドの端っこまで行かなきゃいけなかったことです。
ーーそこからいよいよ南アルプスへと入りますが、そこはいかがでしたか?
話が横道にそれるんですけど、スタートの時にトランスジャパンは南が勝負だって言われてて、印象的だったのは控え室のマッサージをしてくれる方に、「トランスジャパンはスタート地点の南アルプスの市ノ瀬までを歩いて移動するっていうへんぴなレースだと思いなさい」と言われました。北と中央はまだレースではなくてスタート地点までの移動だと思って気楽に行きなさいという意味で南からが勝負だよってことです。そうやって、自分の頭を上手に騙すこと、例えばウルトラマラソンなどの長距離になると最初の10キロは練習だと思って入りなさいみたいな感じです。それを真に受けてイメージしてて、南アルプスからが勝負だなと思ってました。南に入る手前の駒ヶ根あたりで、台風ができたよって情報が入りました。南の海上に台風があってこのまま行くと 南アルプスの後半あたりに台風が直撃しそうという情報もあったんです。台風ができたっていうのを知ったので、南からどういった装備で行くのかっていうのはちょっと悩みましたね。食料や装備、テントもシェルターでいいのか、ある程度重くなっても安全にと思ってレインウェアもより確かなものに変えていきました。
ーーここで台風かという、ドラマのような本当の話ですね。実際に南アルプスへ行ってかなり天気が悪くなったのでしょうか?
私は、関選手と横井選手と一緒のことが多かったです。測って一緒にいたわけじゃないですけど走力が同じくらいなんで自然と一緒になっていたんです。南アルプスの後半は大雨になってきて、これは3人で行った方がいいよねって感じで自然と一緒に行こうよって雰囲気になったので、そこで一緒に行動できたのは、心強かったです。それにTJARマジックで応援をめちゃくちゃしてもらえるんです。あともう一つはカメラクルーです。これがいい場合もあるしちょっと気が散る場面になることもあるんですけど、三伏峠後から、有名な鬼軍曹で知られる田中正人さんがカメラクルーについてきて、かなり長い時間の荒川小屋まで密着撮影でした。3人は一緒に行動してるんでカメラクルー2人と合わせて5人のグループ登山という感じになりました。
ーー取材はどうでした?楽しかったですか?それとも気が散りましたか?
色々聞かれたと思うんですけどあんまり覚えてないです。でも楽しかったというか、いい気分転換になりました。一人で歩いてるよりありがたかったと思います。
ーー南アルプスを抜けて最後の大浜海岸までの区間はいかがでしたか?
下降点の茶臼小屋ですごい雨で、ドロドロの道を進んでる時に今までずっと使ってきたストックがポキッと折れてしまいました。ここで折れるか!って思いながらも、逆を言えばここまでもってくれてありがとうという思いもありました。物に思いが宿るというものをちょっと感じた瞬間でしたね。その辺は一人旅だったんですが、台風の影響もあって山が崩れたところもあったりして、吊り橋までが長かったです。吊り橋を渡ってロードに出て、ここまで来ればあとはなんとかなるかなって少し安堵しました。
ーー最後のロード区間はどうでしたか?
一番印象的なのはヒルに食われまくって血まみれになったことです。あとで聞いたらみんな井川の辺りでヒルにやられたみたいですね。一番暑い時間は30度まで上がったんですが、灼熱のロードの一番暑い時間帯にかけて静岡の街中に下っていき、暑さにやられましたね。あとはこの区間は応援がめちゃくちゃあるんでいろんな人に応援していただいたことが力になりました。
それと静岡駅周辺で迷いました。静岡駅から大浜海岸まで道に迷うんですよ。皆さん親切に あそこの道を曲がれとか、駅の下の地下を通れだとか色々教えてくれるのはありがたいんですけど、みんな違うことを言って。笑
そしたらなんかNHKのカメラクルーがここまで来て道に迷うみたいなのを楽しそうに撮られていて、やめてくれよ、と思って、唯一レース中で一番イラッときた瞬間かもしれないです。今となってはいい思い出ですけどね。
ーー最後に今後トランスジャパンにチャレンジしたいと思われている人に声をかけるとしたら、何か一言お願いします。
そうですね。ぜひ出てください。NHKの番組を見て思ったんですが、人間ドラマがすごいですよね。人を惹きつけるようなものがTJARにはあるんだろうなと思います。僕はスモールステップでちょっとずつちょっとずつ積み上げてきた。たぶん一般庶民の努力の積み重ねで目指せる人生の中では最大級ぐらいの大会がTJARなんだろうって思っています。本気で出たい、チャレンジしたいと思ったら覚悟を決めてください。そうすれば具体的に次へのステップが定まるので。僕の仲間にも「いつか出たいんだよ」って言ってる人がいるんですが、「いつかっていつだよ?」って聞いたら「じゃあ 6年、4年後かな」と言ってて、「そんなこと言ってたら絶対無理だよ」って言いました。「2年後出るっていうつもりで覚悟を決めなきゃ多分 4年後6年後も出れないよ」ってちょっと先輩づらして言ったんですけど、まず覚悟を決めるっていうのが一つとても大きなことだと思います。あと一番難しいかもしれないですが、色々人生あるじゃないですか。仕事のことや家族のこと、、、。いろんな影響を受けるんだけど、自分の中で覚悟を決めたモチベーションがあると思うんです。そのモチベーションをいかに保ち続けられるのか、人によっていろいろなんですけどせっかく覚悟決めたんだったらそれに向けてモチベーションっていうのを常に保ちつつ、努力っていうものを確実に1個ずつ積み上げていけばきっとできるのかなって思います。ワールドカップが盛り上がりましたが、僕はサッカー選手の偉大な言葉が好きなんです。「努力すれば報われる?そうじゃないだろ。報われるまで努力するんだ。」というメッシの名言が本当にそうだと思って、その言葉はトランスジャパンには合ってると思っています。諦めずにやっていけばいつか達成できるんです。すいません一言じゃなかったですね。
ーー中島さんのモチベーションの維持をしつづけたものは何だったんですか?
大前提にトランスジャパンの夢がある。山が好きっていう自分の中の元々持っていたものがばっちりトランスジャパンにあっていたというのがあると思います。僕の場合は、モチベーションの維持っていう小さな目標があって、それが全部つながっていくという感じです。富士山マラソン、富士五湖のマラソン、トレイルラン大会、そこで少しずつ結果がついてくれば積み重なってトランスジャパンにつながってくっていう、そんな思いがあった。大きい目標だけのトランスジャパンだけを求めたら多分どっかでポキッと折れていると思います。ちょっと変な例えですが、プロトレイルランナーになった山本健一さんは僕と同い年なんですけど、先日話をする機会があったんです。ヤマケンさんは、飛び抜けてて、アルコール、カフェインを全部止めたそうなんです。今回出場した29番の井嶋さんもトランスジャパンに出ると決めて、ゴールするまで絶対酒は飲まないと決めて飲んでいないそうです。今回残念ながらゴールできなかったのでその先どうするかわからないんですけど。僕もあやかってストイックにと思う時もあるんですが、私には無理だなと思ってしまいます。目の前の小さな大会ごとに、一つ小さなご褒美をあげるというのがあっている気がしています。大会が終わったら一杯飲もうとかそういう自分に合ったリラックスモードも入れつつモチベーションを無理しないで作っています。
ーー最後に中島さんの今後の展望を教えてください。
いっぱいあるのですが、まずはTJARにもう一度チャレンジしたい。フィジカル以外にも様々な要素を埋めて、自分のレースをしたいです。具体的には今回より、24時間縮められるのではないかと思っています。欲を言えば、山梨県最速を目指して、今年の井出選手の記録を越えてみたいという思いもあります。TJARはその都度環境も違うので一概には言えないので、まあ自分のレースをしたいです。
あとは、フルマラソンでサブスリーのその先2時間50分をきることやウルトラマラソンも自己ベスト更新をしたいです。山が好きなので日本百名山や信州百名山など、まだ行ったことのない山々を登りたいと思っています。
ーー今回は、楽しくワクワクするようなお話をありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました!
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