ワラーチ『tacata』がつなぐ人と人。高田康雄さん

岐阜でオリジナルワラーチ『tacata (タカタ)』を製作し、自身もトレイルランナーとしてやトレイルランの大会運営などに携わるなどトレイルの活性化に力を入れている『高田康雄』さん。今回は、高田さんがつくるワラーチについてインタビューをしました。

ワラーチって何?

ー高田さんのワラーチについて前々からお伺いしたいなと思って機会をいただきました。ありがとうございます。そもそもワラーチについて、聞いたことあるけどよく知らないという人もいるかと思うので、ワラーチって何ですか?というとこから聞いて良いでしょうか?

ワラーチは、走れるサンダルのことを言って、発祥はメキシコ先住民のララムリ族(タラウマラ族)がタイヤの廃材を利用してサンダルを作って長距離を走っているところからきているみたいだね。日本では、ビブラムのソールを使って作る人が多く、紐の結び方は様々で、みんなオリジナルのワラーチを作って履いています。

ワラーチとの出会い、きっかけ

ー高田さんがワラーチを知った最初のきっかけは何でしたか?

確か高繁さん*を通してかな、最初知り合ってから高繁さんとの知り合いで中西大輔さんという自転車で世界2周した人がいて、その人が大阪関西エリアに色々世界を旅する人とかそういう人らの集まりで、みんなで遊ぼうというのがあって、そういうのに結構参加させてもらっていた。ある時に六甲全山縦走をしていた時、一緒に参加した人の中にいつもペラペラのマリンシューズみたいなのやルナサンダルで来ている人がいた。当時は自分もシューズを履いていて、トレイルだったらちょっと厚めのクッション性があるほうがいいとか思って履いていたんだけど、ペラペラのサンダルみたいなものでもでも走れるんやーと思って、意識をしだしたら、いろんなところでワラーチやってる人がちょこちょこ目につき出した。そこからじゃあ自分で作ってやってみようかな!ってなったのがはじめだったね。

*高繁勝彦さん:「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」にチャレンジ中のアドヴェンチャーランナー

ー『BORN TO RUN』がきっかけではなかったんですね?

あの本はワラーチを作り出してから、そういう本が紹介されとるって言うのは聞いたんだけど、あの本は読んだことないんよ。『BORN TO RUN』は読んでないけど、走る中で、食の方が大事かなって思って『EAT TO RUN』は読んだよ。

<『BORN TO RUN』のよりワラーチが世界に拡がった>

ワラーチが気になり出して作ってみようかなと調べていくと『木村東吉』さんのワラーチの作り方の映像をよく見ていた。それを見て、自分で作ってみるために、まずは東急ハンズへ行って、ビブラムの板を買って、紐はの真田紐でやるのがいいよってことだったのでそれを購入して作ってみた。ただソールに穴を開けてというのが「こんな簡単でいいの?」と思えた。真田紐も綿の素材だからあんまり長時間持たなくて、雨とかに何回もさらされると切れてしまう。何かいいのないかなと色々ワラーチを作っている人の情報を調べていくうちにパラコードっていうのが良いらしいよとか、そう言うのを見ていってそれを真似ていった。ただいろんな人の作り方を見たけど、ソールに穴をあけるという方法はみんな変わらなかったので、自分が作るならもうちょっと技術があるものを作りたいなあっていう思いがあった。なおかつ人の足の形ってそれぞれだけどやっぱりこのRね、なんにしてもこの曲線っていうのにすごいセンスが出ると思っていて、例えばハートを書くにしても人それぞれこの曲線の返し具合によってすごいセクシーになったり、硬くなったりする。このソールに関しては自分のイメージでその人を思い浮かべてサンダーで削って整えていく。自分で足型をとって、ハサミで切ったままの状態も味があって良いかもしれないけど、ラインを美しく整えるという、ものに対しての思いがある。 履物だけを見たときにセクシーさを感じる、 なおかつそれ一足で100マイルレースが走れるワラーチを作ろうと思って今の形にたどり着いた。

<足型のRを整えている。この日は、息子(0歳児)のファーストシューズであるベビーワラーチを作っていただく。>

<完成したベビーワラーチ。まだ歩けないので、簡易的な形で作ってもらった。>

 

ーそういった独自のワラーチというものづくりを通して、難しいところ、大変だったことは何がありましたか?

難しいというのはないけど、どっちかと言うとレースでもロングレースの方に結構熱を入れてて、トレイルレースでも峨山道とか結構ねちょねちょのドロドロのトレイルを支点が3点式のワラーチで行くともう惨めなもんで、「ワラーチだから仕方ないよね」となってしまう。それじゃあ「やっぱりワラーチ!」ていう風にはならないと思って、今の5点式へとたどり着いた。

一番最初、この5点式をイメージした時にはサンダルのような鼻緒のあるものか、スリッパのようなものをイメージして、やっぱ鼻緒はあった方がいいな!となって、スリッパの前部2点につけるのがいいかなっていうふうに思って作った。最初は前部の2点を今よりも前側に取り付けていたが足の指はフリーにしておいた方がいいとなって改良をしていったね。

<穴を通す位置を試行錯誤していった>

エコで長く履き続けれるワラーチを

話は前後するけど、5年ほど前に大阪のそのメンバーで山遊びをしている時にある人が連れてきたフィンランド女性がいて、一緒にワラーチで山を登った。フィンランドは環境に対してすごい厳しいらしく、自分はあんまり英語とか喋れないけど見よう見まねで喋っていると、「これはこの後どういう風に利用できるの?」とかリサイクルとかそういうことにすごい関心を持っていた。その時に自分が作ったワラーチを長く使ってもらえるように見てかなあかんなって思って、ソールの張り替えや修理も意識するようになった。

前にすごいワラーチがもてはやされた時期があって、ワラーチいいよみたいなのが先走りした時期もあった。「ワラーチを作るとなんかうまく走れるんじゃねか」みたいなそういう雰囲気があって、消して特効薬ではないんやけど色んなランニングクラブとかそういうとこで呼ばれて作らせてもらうんだけどやっぱり続かない。手頃だからとか安いから1回作ってみようみたいな雰囲気で作っても結局はゴミになってしまう。作り手として自分はゴミを作っとるんかというジレンマも合ったりして、やっぱりこれを必要とする人に作りたいって言う気持ちになった。今までの商業主義なら人が良かろうが悪かろうがとにかく作ってどんどん売ればお金が入ってくるからそれでいいんだけど、自分の場合はどっちかと言うとメーカーよりはクリエイター的な思いがあったので、自分の作るものはやっぱりそれなりに最後まで面倒を見たいって言う思いです。

リサイクルっていうのを意識するようになって、このワラーチを履いてくれる人って結構レアな人が多くて、もう自分の足の形にぴったり合ってるからどうにかならんかね〜ていうような要望も来るわけ、それならやってみますってなるだけ修理をするようにしている。中にはどうにもならんやつもあるけど、それでもパーツは使えるからそれを利用して、ソールだけ新しくして、という風にしています。

ー修理の方が手間だったりしませんか?

一つ一つのパーツも手縫いでやってるんやけど、再利用できることでものを大事に使えるし、手間が省ける部分もある。でも中には一から作るより手間がかかる時もある。修理を依頼されて戻ってきたら簡単なものでも全部ばらして、革はオイルを塗って仕上げて出しとるんやけど、使うんならやっぱりとことん使ってというのがいいやねえかなと思ってます。

ー高田さんにとってワラーチの良さは何だと思いますか?

自分的にはやっぱりこの人間の足の使い方っていうのは親指の母指球と踵のラインの使い方がすごい人間の足の構造として大切だと思う。それを感じるにはやっぱりここに鼻緒があって、両サイドに支点があってとなった。ビブラム(海外)は五本指だけど日本人は足袋やった。それは技術が無かったからなんかなっていうふうに思ったんやけど、でもそうじゃなくて親指とその他っていうのに分けることがすごい大切と先人が分かっててそうしたんやなーって気づいた。それから足袋かワラーチは薄いソールでこの動きが、特に僕が登る時は親指の先端の方を意識してここのあの筋のバネ感を利用して登るようにはしてるんだけど、だからそれをやるようになって、遅いなりにある程度の山がステップ踏んで登れるようになった。それをするためには、薄いと言うか鼻緒に何かあるようなワラーチや足袋がいいなあと思っているね。

ーワラーチで大切にしていることは何ですか?

経験をへてワラーチの良さってのもあるんだけど、でもそれは自分にとっていいっていうものもあるかもしれないけど他人にとっても必ずいいっていうのはないかもしれない。だからもの事何でも良し悪しの2言論では考えられないというのが、どんどんわかるようになってきた。最初はワラーチを提供する時に自分でこう走った方がいいですよとかその人がワラーチを気に入ってもらえたらいいなという思いで話していた。自分でたいして走れる人間じゃねえのに「ここを注意したらいいですよ」ってね。だけどそれもちょっと違うなと、身体の使い方なり骨格なり、人それぞれ違うし、だからワラーチが合う人もいるし、シューズが合う人もいる。だから、ワラーチがいいから絶対ワラーチとはなりたくないと思っている。自分も特に冬場とか寒い時なんかは無理してワラーチではなく、シューズを履けるそういう自分でありたいなと思っている。

はじめてワラーチを履く人へ

ーワラーチ良いなと思って初めて履く人に気をつけると良い点を教えてください。

体をリラックスして身体全身のクッション性を活かして母指球を意識て走りましょうとかそういうこと言うといいかもしれん。前はそういうようなことを言ってきたんだけど、やっぱり自分でこう走って悟るしかないっていうふうに思う。最初から疑って入ったらやっぱりいいものにはならないと思う。自分でそれで何かを得たいと思ったら信じて、カカトから着こうが、フォアフットで着こうが、その人の走り方色々あると思うので、いいと思うんだけど、そこで何か体から出てくると思うんだよね。自分の走り方が「やっぱりここをこうした方がいい」とかそういうようなメッセージだというふうに思う。

自分も実際これで何か極めているのかというと全然そうではなくなくて、常に何かを意識しなきゃいけないけ意識を無意識の中にすり込んでいくのは大切だと思う。それで「今重力にちゃんとのって仲良しになって走っている」っていう風に思える時があるんやけど、そんなのは一瞬だけ。それをその感覚もいつもできるかっていったらできない。

禅の言葉でも「修証一如(しゅうしょういちにょ)」というのがあるが、結局はその言葉でも修行しているときにのみ悟ることができる。確かに走っている時だからこそ自分の中で今こういう風な体の使い方した方がいいなとかあ今腰の調子いい時は調子悪い時のそういうのが分かるよね調子悪いとかどっかが痛いとかそうなった時に今こうなってるなってわかると思うんだけど、逆に調子いい時も今も気持ち良いなとなった時に自分がどういうような体の使い方できてるのか、骨盤がどうなっているとかそういうのを意識するようにしている。なんでも特効薬とか、こうすればこうなるものはないよっていうのを教えてくれたのがワラーチかもしれない。ワラーチを信じて、心地よさを感じて履き続けてくれる人もいる。「高田さんのワラーチが良い」と言ってくれる人もいるのでありがたいなあと思う。

ワラーチは愛からできている

ワラーチに興味をもった人にはまず、先入観を持たないでやってみること。気持ちよさを求めて履いてみると良いと思う。自分の地面に一番近いところに自分の足がある。そこで地面から感じ取れる足の裏の感覚の心地よさや足先が解放されていて、蒸れない心地よさを感じてもらえたらなと思う。

よく山で言われるのが、こんなんで走ってたら、岩に指とかにぶつけて血が出たり、痛くないの?とまず言われる。そう言うのって、生の足が外に出ていると、自分の経験や想像できるところからいくと、ダメ出しや不安の方からはしる。物ができている原点は、不安からきているのか、愛からきているのかで違うと思う。山を歩いてて、「それ大丈夫なの?」って言われた時に、「これは愛からできているんですよ。」って言ってて、愛っていうとピンとこないかもしれないけど楽しみとか心地よさとかそう言うところから作っているからこういう形であって、岩にぶつけたらとか考えられるリスクや不安からは作ってないんですよと言っているね。

ワラーチは故障しやすい?しにくい?

ーワラーチを履いてケガしにくい体になると聞いたりしますがその点については高田さんはどう思われますか?

一概には言えないと思う。ワラーチというか、足の裏の親指の関節の運動が、腰に良いのを実感している。走る前は腰痛持ちのヘルニアだったが、近所の整体師の人にみてもらいよくなった。その後走るようになって、最初はシューズを履いていた時は、メンテナンスで定期的に整体にかかっていた。その後、ワラーチを履いて足指を使うようになってからは、自分でなんとか体の体調を整えていこうと言う意識にかわり、ワラーチや裸足ランをして自分で調整をすることで、整体に行かないでもよくなった。自分にはあっていたのだろう。

今年の冬は岐阜でも雪がよく降った。雪の中ワラーチで履くのは嫌だから、昔履いていたトレランシューズで走ったら足を痛めてしまった。普段やっている足指の使い方ができていなかったのが原因かもしれない。足袋にしておけばよかったかなあと思ったね。

 

人と人を繋ぐ魔法の言葉『tacata』

ーオリジナルワラーチの「tacata」にはどんな意味があるのでしょうか?

私の名前が高田(たかだ)でしょ、大阪のメンバーにワラーチのブランド(屋号)をつけてくださいね。と言われていて、ある時当時歌手のMAXというグループでtacataと言う曲があって、そこの歌詞に「人と人を繋ぐ魔法みたいな言葉 tacata」という歌詞が出てくる。自分の名字の「Takada」と「tacata」で良いなあと、「人と人を繋ぐ魔法みたいな言葉」というのもこれ良いなと思って、ワラーチ『tacata(タカタ)』が生まれた。

ここに「RUN&HIKE」って書いてあるんだけど、自分はランナーだけじゃなくて、ハイカーにも履いて欲しいと思っている。『ふどうの森トレイルラン』の実行委員に携わっている縁で、70いくつのおばあちゃんにtacataワラーチを作ったら、えらい気に入ってもらって、「80いくつの私の姉にも作ってください」というご縁もあった。

ーへ〜!それは面白いですね。

いろんな人が繋がっていく。ランナーだけじゃなく、ハイカー、おばあちゃんも繋がっていく。tacataを履けば、100マイルレースも走れるし、普通の山歩きもいいよ!って、そういうのが良いなあという思いでtacataを作っています。

 

ー高田さんとの出会いは僕が日本一周の時に愛知〜岐阜のセクションで一緒に走りにきてもらえた時でした。その時に高田さんは「足半(あしなか)」という足の後ろ半分がない履物で来られていて、「なんですか!その履物は!」と単純に驚きがありました。(当時の僕は靴で走るという概念しかなかった。)その時に高田さんが話されていたことで、「ワラーチって自由なんですよ。こうなきゃいけないというものはない。」と言っていたことが印象的で覚えています。

<2015年愛知〜岐阜を日本一周中に一緒に共走してもらった。左が高田さん。右が平林さん。>

自分の世代というのは生き方というものに関しても、学校で教わってきたことをこうしていかなきゃいけないというのを教わってきて育ってきた。「こんなんで走れるの?」というとこから、履物としてクッションがないといけない、覆われていないといけない、グリップがないといけないといったのがワラーチには全然ない。できたら、裸足が良いのかもしれんけど、そういった既成概念が外れたことで、他の色んなものがガタガタと崩れていった。「これで良いんやって。」シューズを履いていた時はUTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)を出るにしても、途中のデポで、もう一足のシューズを用意しておいた方がいいとか、この区間はロードだからロードシューズを用意した方がいいとか、物にはしっていた。それもレースが近づくにつれてあれも用意しなきゃ!とかなって、色々揃えてレースに望むんだけど、結局足を痛めたりで、、、完走はするんだけど、「やっぱものじゃねえな」という答えに辿り着いた。アボリジニーがいう言葉で、「人間は生まれた時にそれ全て持っている。何もなくても大丈夫だよ。」という言葉が自分によってきた。まあなんとかなるんだよなあという感覚になったんだよね。

「〜〜でなきゃいけない」というところももちろん自分の中にあるんだけど、

「こうしたい」「この方が楽しい」という方に向いていった方が上手くいくなというのもあってこのワラーチを履き続けているのかもしれない。

ー本日は良い話をたくさん聞けました。ありがとうございました。

こちらこそ。お互い、ワラーチを含めランライフを楽しみましょう。

<tacataワラーチ>

tacataワラーチについて

今回の記事を通してtacataワラーチに興味をもった方、もっと詳細を知りたい方はFacebookページ『Tacata』をご覧ください。

○Facebookページ『Tacata』

https://www.facebook.com/Tacata.natural/?ref=page_internal

 

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走って47都道府県をめぐる旅「日本一周☆旅ラン」を実施&完走(2015-2016)。 サブスリー達成。トライアスロンアイアンマンレース完走。「走る」を通じて「自然」、「旅」、「人」、「走ること」のすばらしさや楽しさを伝える。